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2014年11月 1日 (土)

第十八話 べジータ流ゆるーい修行

昨日の夜は園田競馬に行って来ました。園田を訪れるのはおよそ3年ぶりになるのですが、良い意味で変わりない風景に安堵するとともに、園田競馬のくっそ固いもつ屋のおじちゃんやおばちゃんとのふれ合い、木村健に導かれて次々と快走する馬達の走る姿を見て、凹んでいた自分はまた新たなパワーを貰いました。

途中雨も降ってくるあいにくの天気の園田競馬場で、くっそ固くて何のタレか味もよく分からないもつ焼きを喰らいながら「そのきんナイター」を眺めていると、ふと郷愁にかられ、初めて競馬を見に行った日の事をまた回想してしまうのでした。

.......

1991年10月27日、雨の第104回 天皇賞秋。
断然の人気を背負っていたのは若き天才武豊を鞍上に、同年の春の天皇賞を制覇。昇り龍が如く充実の秋を迎えたメジロマックイーン。

その日親父は言いました。「今日はこの馬が勝つから、上手いもんでも食いに行くぞ」と。ただ、思春期にさしかかり親との外食を面倒で恥ずかしいと思っていた 自分にとっては面倒なだけの申し出であり、正直気乗りしていませんでした。しかし逆らうのもまた面倒なので、WINSに付き合う事になります。


その天皇賞の最後の直線、メジロマックイーンは不良馬場をものともせず独走、最後は6馬身の差をつけてのゴールします。親父も「ほらな」と誇らしげ(断然人気なのに)。
しかし、ゴールしてしばらく経っても結果が発表されず、「審」という青いランプが灯ったまま、場内がザワつきます。早く帰りたかった自分はあれだけの圧勝なのになんで早く決まらないのかイラついてました。


そして長い審議の後、確定。そこには最初にゴールした13の番号がなく、1着の所には10の文字。


「メジロマックイーン降着」


その事実が発表されると共に飛び交う様々な感情、言葉。親父はただその場に固まり何も言いません。自分は訳がわからなくなると同時に、ある感情が芽生えたのをはっきりと覚えています。

・GI競走史上初となる1位入線馬の降着

・繰り上がりで勝った江田照男騎手は史上最年少天皇賞制覇

・この年の秋から発売された馬連馬券も高配当

・後の東京競馬場2000Mコースの改修、パトロールビデオの公開に繋がる布石

もちろんその当時はよく分かっていませんでしたが、その後この「事件」を振り返った時、色々な面でセンセーショナルな出来事だった訳です。

この時期が来ると私はいつもこの時の事を思い出します。
親に連れられて面倒くさいなあと思いながら始めて行ったWINS、そこで目にした灰色の怪物のような強さの馬、圧倒的なゴールそしてそこから一転しての降着劇。固まる親父に訳がわからない息子。帰り道のなんとも言えない空気感。全てが私の競馬の原点ともいえる出来事で、20年以上経った今でもはっきりとその光景を思い出す事ができます。
これら全てが新鮮で、「こんな事ってあるんだ。競馬、面白れーじゃねーか!」と思った訳です。これがきっかけとなり競馬にのめり込むようになります。

中学では偶然身近に競馬好きな友達がいて、そいつと毎週土曜日の部活前はスポーツ新聞を読みながら週末のレースについてあーでもないこーでもない言い合い、部活そっちのけで見識を深めていきながら、お互い切磋琢磨していました。なけなしの小遣いを貯めて競馬場にも行ったものです。
それと同時に単独でもWINSにも入り浸るようになり、緑服や窓口のおばちゃんとの戦いもスタートさせました。その時の精一杯大人ぶった振る舞い、今となっては貴重な思い出です。自分を良く見せようとする悪癖はここから始まったのかもしれません(笑)

高校に入ってからは馬券パシリ屋としての才能を開花させると共に、「吞む」という事の危険性を学びました。この時期にいじめられた時期があった私を支えてくれたのは馬でした。とはさすがに話が出来過ぎなのでそこまでは言いませんが、心の支えになっていたのが週末の競馬だったのは事実です。


「ホッホッホ、どうやら感傷に浸り過ぎたようですね。べジータさん。気味が悪いですよ。」とフリーザ様からたしなめられたので、思い出話はこの辺にしておきます。
明日の秋の天皇賞、またひとつ新しいドラマが誕生する瞬間を楽しみにしたいと思います。

Sonotan_2

 

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