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2014年11月 5日 (水)

3大難要素 その2.気性

以前、第十三話 悟空の大変身  において馬を見る上での難しい要素について、偉そうに持論を展開したのはべジータマニアなら記憶に新しい所かと思います。

1.成長力

2.気性

3.体質

これらを3大難要素と位置付けているという話しでした。今日は2.気性について自己主張したいと思います。

2.気性について
募集段階で見分けるのは困難、そもそも本格的に乗り出してもいない段階での様子などほとんど当てにならない。その時点での「気性はどうですか?」という質問は愚問だと言うのがベジータの考えです。(自分もその昔一生懸命知ろうとしていました。)
結局ほぼ以下の2パターンの模範解答に帰着してしまう訳ですよ。
1.「おとなしいですよ。従順です。」
2.「ちょっとピリッとしてきかない時はありますが、馴致が進めば問題ないですよ。これくらい
の方が競走馬としては良いんじゃないですか?」

ただ、この模範解答でどちらを取るか?と言われれば、自分はおとなしい、従順といったタイプよりうるさいくらいの方を取りたいと思います。

「近年は育成技術の向上に伴い、昔良くいた所謂「暴れ馬」というのはほとんどいなくなっています。」これはベジータが敬愛してやまない心の彼女が教えてくれたのですが、まさにその通りで、競走馬になれない程の気性難というのは今の時代、ほとんどないのではないでしょうか?

その意味でも、「気性難」というリスクを恐れるよりも、前向きさという意味でのうるささというか活気は必須なので、2.の方を選択します。
逆におとなしいだとか、従順とかいうのは「闘争心」に欠ける側面があると思っており、スムーズに競走馬にはなれるのかもしれませんが、「突き抜ける」馬にはならないのではというのが持論です。
私が種牡馬カジノドライヴに不安を抱いているのは正にこのポイントでございまして、自分が見てきたカジノドライヴは本当に大人しい馬が多いです。
これを「人を恐れず、細々とした物事にも動じない大物感」ととらえるか、「闘争心のかけらもない愚鈍」ととらえるか。前者でいて欲しいと願いつつ、後者の予感もしています。

また、気性と言う要素を語る上で外せないキーワードがあります。「なま狡さ」です。
馬体は格好良いし、動きも悪くない。走る能力はあるはずなのに、競馬にいくとまったく走らん。という馬はこの「なま狡さ」の弊害による場合があると考えます。要は手を抜く事を知ってしまっている訳です。「あー、これくらい走れば良いだろ。」みたいな。

頭の良い馬という表現もよく見聞きする機会がありますが、これを聞くと「物事の飲み込みが早い」というポジティブな面と「手抜き癖」というネガティブな面は紙一重なのではないか?と考えてしまいます。「馬は馬鹿の方が良い」というロープーな方もいらっしゃいます。その方が余計な事しなくて、一生懸命走るだろ。というわけです。私も最近そっちの方が良いんじゃないかと思っています。

気性というファクターについて思う所を色々だらだら書いてみましたが、結局の所「走ってみないと分からん。」というのが結論です。なま狡いとか闘争心がない馬に巡りあってしまったらそれは「運」が悪かったと思うしかないです。

活気に満ち溢れ、走ってる隣の馬に噛み付きにいく位の闘争心バリバリの馬ばかりに巡り会いたいものです。

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